結果ばかりを追い求めすぎても、そういう時に限って、結果はついてこない。 それどころか、裏目にばかり出てしまう。そんなことあったりしませんか?僕は、多々、経験があります(笑)
結果を追い求めるのではなく、あくまでも、”自分のやるべきこと”、”自分の出来ること”に集中をした方が、良い結果に結びつく。それを実感する最近。
まぁ、早い話が、“欲を出したら痛い目を見る”。そんな感じでしょうか(笑)。
幸せは「参照点」の置き方次第

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「参照点」という言葉が、行動経済学の本を読んでみると登場してきます。
「参照点」とは、わかりやすく言うと、価値を測る「基準」と言えるもの。 人はこの「参照点」からの変化によって、損得を感じたり、感情を揺さぶられるというものです。
例えば、今月お給料を20万円もらえたとして、来月のお給料が22万円になっていたら嬉しいですし、18万円になったら悲しいですよね。これは、“今月の給料20万円”が参照点になっているから。
でも、これ、”初任給が15万円”だったとして、その15万円を「参照点」に置いておけば、18万円のお給料でも、3万円のプラスになってるんですよね。
僕は”焼き肉”が好きなんですが、サシの入った霜降りの高級なお肉を食べてしまうと(めったに食べる機会はないですが(笑))、今まで普通に食べてたスーパーの特価のお肉では満足できなくなる(最近は年齢のせいか、このお肉が丁度良かったりします(笑))。これは霜降りの高級な肉が「参照点」になってしまってるから。
つまり、「参照点」を高く設定してまうと、“幸せに感じる幅”が狭まってしまうんですね。
すべては自分自身の「参照点」をどこに置くか次第。 それ次第で、満足の量も決まってくるし、幸福に感じる幅も変わってくる。
”MAX”な状態に参照点を置いてしまうと、あくなき欲望を追い求め続けなくちゃならなくなる。でも、それはずっとストレスを抱えることにもなりかねない。
2020年は最低な年。だから、そこを「参照点」に

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今の僕にとっては、2020年が参照点。 コロナ禍で、制限を受け、自粛を余儀なくされ、まったく仕事にならず。 まぁ、この11年間の活動の中で、一番最低な年でした(笑)。
でも、そんな最低な年を、なんとか生き延びて今。(2020年を支えてくださった方には、本当に感謝です) その2020年を「参照点」として考えれば、何もかもが本当にありがたく、幸せ。 そんな風に思うこの頃。
”悟り”を開いてる訳ではないので(笑)、人並みに”欲”が湧き上がってくることも当然あります。
例えば、歌を歌ってて、聴いてくれる人がほとんどいなくて悲しくなりかけたとします。そんな時は、
“いや、待て、待て。別に人に聴いてもらえなくても、こうして歌えてることだけでも幸せ。自分自身が楽しむことに専念しよう”
そう言い聞かせるようにしてます。
人は波動の生き物。そうして楽しんでると不思議と人が寄ってくるんですよね。楽しそうなオーラを出してる人には人が集まる。逆に、陰気臭い奴には、憑りつかれそうで、近寄りたくないですもんね(笑)
また、人は弱い生きものでもあります。どうしても欲に流されてしまいがち。でも、欲に流された時には、結果もついてこないことが多いし、そのストレスでどんどん負の連鎖にハマっていく。
そんなときに、この「参照点」を意識するだけでも、少しは欲から解放されるなと。そして、不思議と、欲から解放され、心に余裕がある時ほど、結果は良い方向に進んでることが多い。そんな風に思います。
「参照点」を高く設定せず、「出来ること」、「やれること」に集中する。そして、それを楽しむ。
これが僕の今のやり方。
自分の幸せは自分次第。興味があれば、「参照点」。意識してみてください(^^)