思想・哲学

好きなことで食べるのは特別じゃない。出来る人、出来ない人の違い

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“好きなことで食べられて羨ましいなぁ”

と言ってくれる人がいてくれたりします。

 

僕自身、ありがたいことに2010年から、10年以上にわたり、好きな音楽、主に歌を歌ってお金を稼がせて頂き、ご飯を食べ続けてくることができています。

 

じゃあ、僕は、”選ばれた特別な人間”なのか?

 

と問いかけてみたら、それはまったく違うなと。ただただ普通の人です(笑)。ちょっと変わり者かも知れませんが(笑)。

 

人と比べて、特別恵まれた音楽的才能があるとも思わないですし、誰もが振り返ったり、印象に残るような、ズバ抜けた容姿がある訳でもない。何もかもごくごく普通。

 

そんな僕がなぜ、好きなことで10年以上もご飯を食べ続けていられてるのか?音楽に限らず、好きなことでご飯を食べることが出来る人、出来ない人は、何が違うのか?

 

そこには幾つかの、”ほんの少しの違い”があるのかなと。

 

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出来ない人ほど、やる前から諦めてしまう

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まず大きな違いとして考えられるのは、出来ない人は、

”やる前から諦めてる”

そういう人が多いような気がします。“無理無理病”とでも名付けましょうかね(笑)

 

  • 私には才能がないから無理
  • 今の年からじゃ無理
  • お金がないから無理

 

才能なんて、あるか、ないかは誰にもわかりません。ダイヤモンドだって磨かなきゃ“ただの石”です。

初めから磨くことを諦めてたり、疑ってたら、そりゃ光りません。

 

年齢もそう。

ちなみに、僕が自分でレーベルを立ち上げて、ご飯を食べ始めたのは、29歳の時。

一般的には、その時点で、既に音楽でご飯を食べられるようになってなかったら、諦める人が多い年齢です。

 

はっきり言います。年齢は言い訳に過ぎません。

 

たしかに、年齢制限があるものもあったりします。芸能の世界も事務所に入ろうと思ったら、年齢制限のあるところもあるでしょう。

 

でも、それがどうした?って話。別に事務所なんかに入れなくたって、やり方はいくらでもある。それが僕の発想。

 

”事務所に入ることが目的なのではなく、好きなことで食べていくのが目的”

 

そこがブレなかったらいくらでもやり方はある筈なんですよね。

 

常識なんて、”都合上”、そうなってるだけで、それが絶対的答えではない。”絶対“なんてそもそも存在しない。一般的にはそうでも、それが絶対的に正しいわけでも、それしかない訳でもない。

 

そもそも、好きなことでご飯を食べてる人なんて、一般的な人ではないはずなので、一般的な考えに合わせてたら出来ないんですよね(笑)。

 

  • 何歳だと思ってるの?今からじゃ無理だよ
  • 才能のある、ほんの一握りの人しか成功しない世界だよ。無理だよ。

 

こんな風に、心配をした周りの人から言われることもあるかも知れません。

 

実際、僕もそうでした。(僕の両親は意外と寛容な人たちで言われた記憶はないですが、内心は心配だったのかも(笑))

 

ただね、”自分の人生”なんです。決めるのは自分自身。人から言われて諦めてしまうようなら、そもそもその程度の熱量しかなかったということ。その場合、やっても上手くはいかないのかなとも。

 

”出来ない理由”を探すより、”まず、やってみる”。そこに、食べてる人と、食べられてない人との差が1つあるように思います。”頭で考えるより、まず一歩!”そんな感じ。

 

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圧倒的に違うのは「行動量」

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好きなことでご飯を食べられてない人は、圧倒的に「行動量」が足りてない。

そんな風に思う場面も多々あったりします。

 

”やってるつもりなんだけど、なかなか結果に結びつかなくて…”

 

という言葉をいう人もいますが、

”自分ではやってるつもり”ではダメなんです。その自分の中の”リミッター”をまず外さない限り難しいのかなと。

 

好きなことでご飯を食べてる人は、決して、”楽して上手くいってる”わけではありません。みんなが思ってる以上の努力、時間を注いできた結果、上手くいってるに過ぎない場合がほとんどです。

 

中には”天性の才能”だけで、何事もうまく行っちゃう人もいるかも知れません。でも、才能だけでなんとかしてる人は、いつか地道な努力を積み重ねた人に追い抜かれる日が来ます。

 

また、行動の中からしか、”新たなアイデア”は生まれてこないと僕は思っています。そして、「行動量」が伴えば、それなりに結果はついてくるものとも、実体験の中から得た自負もあります。

 

僕が歌を歌って食べてこられた理由は、注いできた「行動量」だと思っています。

 

例えば、路上ライブ。普通の人は1~2時間歌えば帰るかもしれませんが、路上ライブを始めた頃の僕は、毎日5~6時間歌うなんてこともざらにありました。まだ陽のあるうちから、帰る時には、もう夜なんてこともしょっちゅう。CDを買ってもらえるまで、投げ銭を稼げるまで。

 

また、ここ数年、1,000人級のキャパの箱でのワンマンライブの開催が続いてました。集客の為に、人が集まる機会があれば、ギターを担いで、1日に3か所、4か所、5か所でもはしごして、チラシを配布したり、歌わせてもらったりしました。

 

特別なことじゃありません。誰でも出来ること。ただ、本気で”やるか”、”やらないか”の違いなだけ。そして、この「行動量」の差が、好きなことで”食べられてる人”と、”食べられてない人”との、一番違う要因なのかなと。

 

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好きこそ物の上手なれ

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究極、ほんとうに、心底好きなことじゃなければ、好きなことで食べていくのは難しい。

そういうことなのかも知れません。

 

好きなことで食べてる人たちというのは、

 

  • 一日中それをやってても飽きない人
  • ご飯を食べる時間を忘れてでも没頭できる人

 

そういう人な気がします。

 

以前、元・プロ野球選手の方に、”学生時代にどれくらいの練習をしていたのか”、お話を聞いたことがあります。一例ではありましたが、

 

“チーム全体での練習開始前に、毎日、腹筋500回は軽くやってたかな”

 

僕も高校球児でしたが、その話を聞いてたまげました(笑)。やっぱりプロになる人は、練習の量が桁違いだなと。そんな話をしたらその方は、

 

“好きな野球が上手くなるためにやってるんだから、全然苦でもなんでもないじゃん”

 

まさに、”好きこそ物の上手なれ”。

 

比べるレベルは違うかも知れませんが、僕は、歌うことが大好きなので、一日中歌っててもまったく飽きないですし、苦痛でもないです。それもあって、やり続けることが出来てきたというのも間違いないかなと。

 

心底、好きだからこそ、とことんやることが出来る。そして、あくまでその結果として、食べていけるようになっている。そういうことなのかなと。

 

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最後に

 

好きなことでご飯を食べることは、決して難しいことでも、”限られた人だけに与えられた能力”ということでもありません。

 

  • どんな状況や環境でも諦めない心
  • 圧倒的な行動量
  • とことん好きでやり続けること

 

これらがあれば、誰でも出来ることだと僕は思ってます。

 

“人が出来るなら自分にもできるはず”

 

僕は何をやるにもそんな発想です(笑)そして、まずスタートします。そして性格上、“いいなぁ”と思ってやり始めたことは、結果が出るまで、とことんやり続けます。しつこいです(笑)でも、そのおかげで、やりたいことをやって今日までこれたのかなと思ってもいます。

 

好きなことで食べてるからと言って、偉いわけでもないですし、特別なことでもありません。そしてまた、楽してどうにかなる道でもないです。

 

好きなことをしてるとは言っても、嫌なことだって時にはあったりします。でも、好きでもないことなのに、嫌なことを我慢してやりながら生きる人生よりは、少しは幸せなのかな。そんな風に思ったりもします。

 

”やった方がいいよ!”と、無責任に勧めるものでもありません。好きなことでご飯を食べてるといっても、それがいつまで続くかだってわからないこと。

 

すべては自分の人生。どの道を選択し進むのもあなたの人生。

 

ただ、どの道に進むにしても、あとで後悔をしない選択をすることが一番かなとは思います。

限りある時間を大切に!そして、楽しんで!